自死でわが子を喪った親の集い「あんじゅ」の参加者ブログです

取材のあったわかちあい

取材のあったわかちあい

さる2月11日は、本当に久しぶりに、オンラインではなく、対面でのわかちあいが行われました。
そのわかちあいの会場には、自死について丹念に取材されている報道機関のかたも同席され、
参加者全員のプライバシーを厳守しながら、やはり丹念にわかちあいの様子が記録されることとなりました。
自死について、未だ変わらずある社会の偏見や無理解など、
また、自死に至ってしまった孤独な心情やその存在についての人々や社会の気付きの無さ…
そういった状況を少しでも解決していくことが出来たら‥‥‥
そのような思いが、みどりさんや参加者のかたにあったと自分は理解しております。


その日の参加者は5名でした。
本当に久しぶりの対面でのわかちあいを心待ちにしておられた参加希望者が
少なからず居らっしゃったようなのですが、残念ながら5名でのわかちあいとなりました。

コロナ感染の影響で、従来は会場で皆で顔を合わせながら行っていたわかちあいが出来なくなり、
オンラインとなってからもう1年は経ったでしょうか?
(不正確ですみません。私は我が子を亡くしてから、
年月の感覚を殆ど失ってしまい
未だに年月の経過を正確に把握することが極めて苦手なのです。)

オンラインのわかちあいがずっと続いていたのですが、
1年ぶりに対面でのわかちあいの会場である、懐かしさすら感じられる会場のドアを開けると、
其処には、輝くような変わらない笑顔で、スタッフのかたが出迎えて下さり、
私はもうそれだけで胸が一杯になりました。
オンラインでのわかちあいがずっと続いているので、
その存在を身近に感じることが出来ない状態が続いていたのではありますが、
こうして常に、活動を支えて下さっているスタッフのかたの存在を改めて認識することが出来、
この意味においても、私にはとても貴重な機会となりました。

感激もひとしおの対面でのわかちあいは、あっという間に過ぎてしまいましたが、
今回も心に残るみどりさんの言葉がありました。
「出会いたかった自分になる。」
みどりさんからサラリと語られたこの言葉を聞き逃したくなくて、
思い切ってどのような意味であるのかみどりさんにお訊ねしてしまいました。
それに対してみどりさんから、幼い頃からずっと、自分がとても出会いたかった、
けれども出会うことが出来なかった、そういう人に私自身がなろう、
そう思って生きて来たし、そう思っている、
そういったお話をお伺いしました。
この言葉は、自分にとって忘れ難い言葉となりました。

他にも印象的な言葉やお話は他にも沢山ありました。

当日、ごく自然に正直な気持ちを、文字通りわかちあえる場となったのは、
取材が配慮のあるものだったからではないかと考えています。

取材というリスクのある状況下であっても、
それでもわかちあいを開催されたみどりさん、そして参加されたかたがたの思いが、
まっすぐに反映されるような、誠実な報道が結果的になされることを、
参加者のひとりとして私も切に望んでおります。

ですがいずれにせよ、本当に有難く貴重な機会でありました。
参加出来た幸運に感謝しております。

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